だいたいわかったところでサルには役立たなさそうだから、サルも私もそのフレーズに惹かれないんだと思う。サルからしたら何で呼ばれたのかわからない。
でもね、このあいだ地下鉄で「サルでもわかる金魚の飼い方」を読んでいる人がいて、これはなんていうかとってもよかった。字が読めるサルが図書館で本を借りてきて、ページをぺらぺらめくりながら山の奥まったところにある水たまりみたいな池で意外と立派な金魚を飼っている様子が目に浮かんだ。
私の頭の中のサルは葬儀を出さないし超ひも理論とは永遠に平行線だけれど、金魚を飼うかもしれない。人によっては、頭の中のサルが喪服を着てお寿司を食べたりもするだろう。
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それにしても、現実に生きているカラスやワニがただ遊んでいる景色を好ましく感じるのは、なぜだろう。生きのびるために生きているのとは別の時間が動物にもある。
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