2016/12/07

サイボーグ店長、ドーナツ

 前に住んでいた家の最寄り駅にはサイゼリヤに直通しているエレベーターがあった。地下2階(改札階)から地下1階(カフェ、銀行)、1階(地上階、書店)を通過してしまえば、2階にはサイゼリヤが1フロアまるごと待ち構えているという寸法。深夜の1時か2時までやっていた。思い返すと、おかしなタイミングでお腹をすかせたときや、どこかへ行く前にすこしみじかい時間でなにか食べていくとき、などなど、「ランチ」や「ディナー」からはあぶれてしまって、名前のつかないような食事をすることが多かった。
 店の天井は低く、高架つきの道路に面している側が全面的にガラス窓になっている。壁にはサイゼリヤおなじみのボッティチェリの春(だよね?)。大学が歩いて10分くらいのところにあるから、客席には大学生らしい人たちが多い。なにかを勧誘する人される人というシーンにも出くわすことがある。大学よりも若干近く、徒歩3、4分のところには大きめの貸しスタジオがあり、大きな楽器ケースを抱えたバンドマンもよく見かける。
 ところでサイゼリヤの電球の色はどうやって決まっているのかいつも不思議に思う。自然な色味の席もあるのだけれど、どう考えても人の顔が緑色に見えるような照明の席があって、その理由はわからないが、とにかく結果は緑色だ。なので食べ物も人も、なんだか大変にくたびれているように見える。
 深夜の時間帯に行くと、眉毛のしっかりした筋肉質の中年男性が愛想良く応対してくれる。背は高くない。どうやら責任ある立場のようで、きびきび動いている。そしてだいたいレジを担当している。サイボーグ店長、というのは勝手につけたあだ名なのだけれど、サイボーグ店長も、きびきびしているが、顔色はわるい。というか、顔色がわるいからますますサイボーグみたいに思えてくる。顔色がわるいのに、鉄板をきびきび運んでいる。厳密に言うなら顔色は悪く見えるだけだ。会計のときには笑顔も忘れない。注文も丁寧に聞いてくれる。しかしレジカウンターの向こう側もどちらかというと緑色だ。そういったあれこれの結果、サイボーグ店長を見かける度に、あ、サイボーグ店長だ、と心の中で再確認してしまう。
 あくまでサイゼリヤの照明の下で見かけるからサイボーグ店長はサイボーグ店長なのかもしれず、というかそれはどう考えてもやっぱりそうで、ひとたびその照明や制服をのがれてしまえばサイボーグ店長も人間になっているはずなのだけれど、深夜のサイゼリヤ以外でサイボーグ店長を見かけることはない。たとえすれ違ったとしても太陽の下では人間味がありすぎて、同じ人とは気づけないのかもしれない。
 引っ越してしまえば立ち寄る用事もなく、そうそう行くこともないだろうあの深夜のサイゼリヤから遠く隔たっている今、なぜサイボーグ店長のことを思い出したかというと、終業後に魂の抜けたような顔をしてクリスピークリームドーナツを頬張っている人を見たせいだと思う。カウンターの向こうでは女性店員の皆さんがきらきらした笑顔で(顔色もよく)やはりテキパキと働いているのだけれど、こちらで何も考えないでいるような無の顔でドーナツを食べている人との違いは、カウンターのこちらにいるかあちらにいるかだけだった。こっちの客席でぬけがらになっている人たちとあっちで働く人たちのどちらをも、ばかみたいに甘い匂いが包み込んでいる。

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