2016/01/25

19歳だった

 ジエン社の旗揚げ公演に私は出演している。  なんとなーく大学で授業の行なわれている教室に行きたくなくなってブラブラしていた頃、構内の掲示板に手書きの奇妙な貼り紙を見つけた。内容は一言ネタというのか、ふかわりょうのネタからポピュラーさを抜いて、短くして、暗くして、暗くして、結果的に明るい自虐(特定の個人にとってというより、文学部キャンパスに集まる人びとのうち、いくばくかにとっての自虐)になっているような感じ。でももはや一言も具体的に思い出せない。いまとなっては言葉よりも、そのチラシ自体の見かけが印象に残っている。A4の白紙に黒マジックの文字はまさに書き殴られたといった様相で、学校中にあふれるダサい印刷物をはるかに越えたダサさが輝いていた。その隣に小さな文字で演劇のワークショップをやる旨が書かれており、書かれたメールアドレスにメールを書き送り、私は学生会館の2階か3階にあった演劇練習室にいた。「役に立つようなものではない」と開催概要には書かれていたような気がする。2007年10月、19歳だった。 つづく。

2015/12/19

6人のうち2人とは初対面の忘年会の中華料理屋の回転する部分のついていない円卓で考えた話

 「まもなくちょうど外国へ行くという友人の壮行会を兼ねた忘年会」にお呼ばれしたのだが、その主賓の方と会うのは初めてなので、一体どうしたものかと思いながらも他にすることもなく大皿いっぱいの食べ物を無心に食べすすめていると、彼はすこし遅れてやってきて手早く飲み物を頼んだあとおもむろに立ち上がって挨拶をはじめた。3分くらいで終わります、と言って本当に3分くらいしゃべる。それも壮行会の別れの挨拶あれこれというんではまったくなくて、「忘年会」という言葉から出発して暦や年末についての感慨や考察を述べている。虚をつかれて目を丸くしている私も含めて、座っている我々ひとりひとりにゆっくり目を合わせながら、ごく個人的な考えを話し、事物とその人との距離を明らかにするそのさまに、私はすっかり心打たれた(そしてそのスピーチの中身はほとんど忘れてしまった)。これこそ、何かを作る人の態度だ、と。この人は、手を動かすことを習慣としている。自分自身を主役にするのではなく、分け合うことの出来るなにかを差し出している。ずれているかずれていないかを問題にすればきっと後景に退くささやかだが確かな美点は、どこに行っても、燦々と輝くんだろうなあ。それが世間の中でひっそりと見えるかどうかは、気になるし、お金の話に直結するけれど、本当は、別にいいんだよなあ。いいといいんだけどなあ。と思いながら早速彼の作品をひとつ買った。
 (この考えが右往左往している風景にはなんだか見覚えがあって、『美術館を手玉に取った男』について考えたときに似ている。軽やかな映画だけれど、「美術」や「オリジナリティ」以上に「生きるよろこび」の問題を扱っているように、ぼくには見えた。)

2015/11/28

「石には念がこもっている」説

 ときどき石を拾ってきてしまう。とはいえあくまでときどき、それもよほど何となくが極まっての行動だから、三、四個、海辺で拾ったガラス片と一緒にごろごろと、100円ショップで買った小さな木の皿に乗せてある。あらためて見たり触ったりすることもないから、普段は棚にしまってあって、部屋のあのカーテンの向こうに石がある、ことだけが記憶の中にはある。

 石を拾ってきてはいけない、なぜなら石には念がこもっているからだ、と誰かが誰かに話しているのを小耳に挟んだ。ずいぶん前のことで、それがどういう経緯で話されたのかとかどのくらい真剣な話なのかみたいなことはさっぱりわからないけれども、わからないからかえってその言葉はもうはっきりと決まったことのように思える。それは誰の(何の)どんな念なんだろう。誰がその念の存在を言い伝えたんだろう。最初にそう言い出したのは誰だったんだろう。

 眠りそびれた夜、石はカーテンの向こうにある。そのことは知ってる。何となく拾った石のふるさとはもう忘れてしまったから返しに行くこともできず、果たしてその石たちをこめられた念ごとその辺の道ばたに投げ捨てていいのか、投げ捨てたほうがいいのか、別にこのままでいいのか、わからないまま、真夜中、石と、カーテン越しに、同じ部屋に、横たわっている。

2015/11/20

わざわざ書くようなこと

 わざわざ書くようなことなのか、と思うようなものごとを画面の上で目にする機会は結構あって、それは何故かといえば、わざわざ書く人がいるからだ。

 ところで、書くほどでもないことを書き留める人がいなければ、書くほどでもなかったことは目に見えなくなる。記憶からなくなるかどうかは場合によるので、消える、とまではいえないけれど。忘れるかもしれない。少なくとも、なんとなく、目に見えにくくなる。

 最近、書くほどのことかどうかを考えるのは余計なことだと思うようになった。たいしたことを書く必要はないんじゃないか。
 ブログにしても手紙にしてもメールにしても、何かたいしたことを書きたがっている自分がいて、いま改めてわざわざこんなことを考えているのも、素直な部分からというよりはやっぱり「たいしたこと」を探しているせいで、だから本当はもっと別のことを書けばいい…という判断をしているのも「たいしたこと好み」から出発している。「たいしたもの好みする自分」はたいしたことないことをすぐに消してしまう。そういうわけで、今、消さないで書いておくことにした。
 考えてみれば自分の過ごしている時間の大半はたいしたことないんだから、それを消しちゃうのは親や空気をないことにしているようなものなんじゃないのか、等々、うっかりするとまた何か大したことの話をし始めるかもしれないので、ここで終わっておこう。
 「たいしたもの好み」は油断ならない。おしまい。

2015/08/02

ミューズを信頼してしまう

 小学生の頃、臨海学校という行事があった。学校によって「臨海」ではなく「林間」学校であったりするのだと後から知ったのは確か家の近くのプラネタリウムで上映される映画を見ていたときのことだったけれど、みんな自分と同じ経験をしているという誤解は幼い頃からゆっくり時間をかけて順々にとけてゆき、その度に新鮮な驚きがある。
 夏の朝早くに東京駅のはずれ、京葉線のりばの近くにリュックを持って集まって座り、あれこれと説明や点呼があった、はずだけれど今となってはあの座って(椎名誠のエッセイを読んで)待っていた時間だけが記憶にある、あとで特急列車に乗り込み、房総半島の突端のあたりにある臨海学校に向かうのには最寄りの駅からさらにバスに乗るほどの距離を歩く必要があった。臨海学校というのは行事の名前であって建物の名前はそれとはまた別にあるのだけれど、とりあえず名前は書かないことにしよう。その建物は古く、木造で、何に似ているかというと戦争ドラマの背景に出てくる学校の校舎を白く塗ってから時間がだいぶ経ったような感じ。大部分は平屋だけれど大きな食堂だけに二階があって、その階段を登った先には大人たちの泊まる冷房の効いた部屋があると専らの噂だ。子供たちは畳敷きの部屋で皆大人しく眠る。窓は大きく、建物が校舎だとすればちょうど校庭みたいな大きさの枯芝の庭の向こうには松林があって、その向こうからは波の音が聞こえてくるので海が思いのほか近いことがわかる。